13. オスマン帝国の君主
メフメト3世
- 在位
- 1595 – 1603
- 生年
- 1566
- 没年
- 1603
ハチョヴァの戦いで自ら軍を率いた。親征した最後の君主のひとり。
メフメト3世は1566年5月26日、マニサで生まれた。父はムラト3世、母はサフィエ・スルタンである。メフメト征服王にあやかるようにと、曽祖父スレイマン大帝がこの名を与えた。背は中ぐらい、髪は栗色、顔立ちは美しかった。よい学問の教育を受け、『タージュッ=テヴァーリーフ』の著者ホジャ・サアデッディン・エフェンディに学んだ。1583年にマニサ総督に任じられ、1595年1月まで当地に在任した。父の訃報を受けて発ち、1595年1月27日にイスタンブールに着いてオスマンの位に就いた。
メフメト3世は母を深く愛し、敬い、その言葉に従った。これを利したサフィエ・スルタンはオスマン宮廷で権勢を握った。事によっては君主に迫って意を通し、それが国政の混乱を招いた。信心深く、神秘主義にもきわめて心を寄せ、預言者ムハンマドの名が唱えられると敬意からただちに立ち上がった。メフメト3世の治世は停滞期にあたる。彼はたやすく憂いに沈み、食事も飲み物も断つことがあった。ジェラーリーの反乱とペルシア戦役の長期化は、彼を深い憂愁に置いた。酒を厳しく禁じ、隠れ酒場をことごとく閉じさせた。
- 男子:アフメト1世、ムスタファ1世、セリム、マフムト
出典:Osmanlı Tarihi Interaktif CD-ROM (Türk Tarih Kurumu Yayınları XXXI. Dizi-Sa.2)